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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5880号 判決

原告 株式会社 福泉

右代表者代表取締役 岡西宏侑

右訴訟代理人弁護士 廣田稔

被告 歌島工業株式会社

右代表者代表取締役 西村房江

右訴訟代理人弁護士 高橋悦夫

同 岡田康夫

同 迎純嗣

同 辻井一成

右高橋悦夫訴訟復代理人弁護士 永井真介

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第一項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告から、昭和五六年三月下旬ころ、株式会社丸千(以下「丸千」という。)に対し被告所有の別紙物件目録一ないし三記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を売却することについて仲介(以下「本件仲介」という。)を委託され、その際、被告は、原告に対し、明示又は黙示により、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した時、報酬として金一五〇〇万円を支払う旨約した(以下、右報酬を「本件報酬」という。)。

2  被告は、原告の仲介により、丸千に対し、昭和五六年六月二日、本件不動産を坪当たり金四八万円の代金で売却し、丸千は、被告に対し、右同日、右代金のうち金三〇〇〇万円を手付けとして支払い、同年七月三日、残金を支払った。

3  よって、原告は、被告に対し、本件報酬金一五〇〇万円の内金一四〇〇万円及びこれに対する右弁済期の経過後であり、かつ、本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、被告が原告に対し、明示又は黙示により、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した時に本件報酬を支払う旨約したとの点は否認するが、その余は認める。

一般に、不動産売買の仲介における報酬の支払時期は、当事者間において特段の合意がなされないかぎり、売買契約の成立時であるというべきところ、原・被告間においては、本件報酬の支払時期について特段の合意はなされなかったから、本件報酬の支払時期は、被告と、丸千との間において売買契約が成立した昭和五六年六月二日である。

3  請求の原因2は、認める。

三  抗弁

1  無免許営業

原告は、宅地建物取引業法所定の免許がないのに宅地建物取引業を営み、その営業の一環として本件仲介を行ったものである。したがって、原告は、被告に対し、本件報酬を訴求することはできない。

2  無報酬への契約変更

被告と丸千とは、原告の仲介により、昭和五六年三月三一日、本件不動産の売買契約を締結したが、同年四月二八日、丸千の申出により、売買代金の支払がなされる前に右売買契約を合意解除したところ、原告は、被告に対し、同年五月末ころ、報酬はいらないから、丸千に対し本件不動産をもう一度売却してほしい旨要請してきたので、被告は、右要請を了解し、丸千との間において、請求の原因3記載の売買契約を締結したものである。

3  消滅時効

(一) 請求の原因に対する認否1の記載のとおり、本件報酬の支払時期は、被告と丸千との間において売買契約が成立した昭和五六年六月二日であるところ、本件報酬につき、右同日から起算して商法五二二条所定の五年が経過した。

(二) 被告は、本訴において右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、否認する。

2  抗弁2は否認する。

3  抗弁3は、争う。本件報酬の支払時期は、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した昭和五六年七月三日であるから、本件報酬の請求権の消滅時効の起算点は、右同日である。しかるに、原告は、被告に対し、昭和六一年六月一九日、本件報酬の支払を催告し、同年七月三日、本件報酬の支払を求めて本訴を提起したから、右消滅時効の進行は中断された。したがって、被告の主張は理由がない。

五  再抗弁(抗弁3に対し)

被告は、原告に対し、昭和五六年九月三〇日、本件報酬の内金として金一〇〇万円を支払い、これにより、被告は、原告に対し本件報酬を支払うべき義務を負担していることを承認した。

六  再抗弁に対する認否

否認する。被告は、原告に対し、昭和五六年九月三〇日、金一〇〇万円を支払ったことはあるが、それは、本件報酬の内金としてではなかった。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は、本件報酬の支払時期を除き、当事者間に争いがない。

そこで、被告が原告に対し、明示又は黙示により、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した時に本件報酬を支払う旨約したか否かについて判断する。

まず、右内容の明示の約束が成立したと認めるに足りる証拠はない。

次に、黙示の約束の成否を検討するに、《証拠省略》によれば、原告代表者は、本件報酬の支払時期を、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した時であると認識していたことが認められ、また、《証拠省略》によれば、被告と丸千とは、原告の仲介により、昭和五六年三月三一日、本件不動産の売買契約を締結したことが認められる。右認定を左右する証拠はない。

被告は、右の契約は、同年四月二八日、売買代金の支払がなされる前に合意解除された旨主張しているところ、《証拠省略》によれば、被告は、右売買契約の合意解除を理由に、原告に対する報酬の支払を拒絶したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告には、被告に対し、売買契約の締結のみならず、その履行についても面倒をみるべき責務があることを前提にして、右履行が完了するまでは報酬を支払うべき期限が到来しないものと認識していたことが推認できる。

以上によれば、原・被告間において、被告は原告に対し、黙示的に、丸千が被告に対し売買代金の支払を完了した時に本件報酬を支払う旨約束したことを認めることができる。

二  次に、抗弁1(無免許営業)について判断する。

1  《証拠省略》によれば、原告は、本件仲介をした当時、宅地建物取引業法の規定する免許を受けていなかったことが認められる。

そこで、原告が、本件仲介をした当時、宅地建物取引業を営み、その営業の一環として本件仲介をしたか否かについて検討するに、この点につき、原告代表者は、その本人尋問(第二回)において、原告は、オイルショックまでは、不動産仲介業を営んでいたが、以後は、自動販売機の製造販売を営み、不動産の仲介はしていなかった旨供述する。しかし、原告は、専ら、自動販売機の製造販売業を営んでいたのであれば、これを容易に立証しうるのに、この点について一切の資料を提出しないこと、本件仲介が、原告代表者個人ではなく、株式会社である原告が主体となって行ったものであることは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、原告は、昭和四一年六月一七日、不動産の賃貸、管理、売買及びこれらに付帯する一切の事業を目的とする株式会社として設立されたこと、原告は、昭和五五年八月一五日に商号変更の登記を、昭和五八年一二月二〇日に取締役等変更の登記を、それぞれしているが、会社の目的については何ら変更の登記をしていないことが認められること、また、《証拠省略》によれば、原告は、当時被告の従業員であった木下定幸から「社長の依頼なので頼む。」と言われて、本件仲介を開始したこと、木下定幸は、昭和四一年ころから昭和四三年ころまで、原告に勤め、その後、被告に勤めるようになったが、原告を退社した後も、原告にいろいろと出入りし、原告の事情に通じていた者であることが認められるが、右木下定幸は、原告が不動産仲介業をしていることを知っていたがゆえに、原告に対し、本件仲介を依頼したと推認する方が自然であることが認められ、以上を総合すれば、原告代表者の前記供述は信用できず、かえって、原告は、本件仲介の当時も、不動産仲介業を継続し、その営業の一環として本件仲介を行ったものと推認することができる。

2  ところで、宅地建物取引業法(昭和六一年法律第一〇九号による改正前のもの)は、宅地建物取引業を営もうとする者は、建設大臣又は都道府県知事の免許を受けなければならないとし(同法三条一項)、建設大臣又は都道府県知事は、一定の場合には免許をしてはならない旨規定しているほか(同法五条一項)、右免許を受けないで宅地建物取引業を営むことを禁止し(同法一二条一項)、右禁止規定に違反した者は、三年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金に処され、又はこれを併科される(同法七九条二号)ものとしているところである。

一般に、右のごとき取締法規に違反してなされた行為に、いかなる効力が付与されるべきかは、その立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義等を総合的に検討して決せられるべきである。この点、宅地建物取引業法は、その制定の目的として、宅地及び建物の流通の円滑化のみならず、購入者等の利益の保護を掲げていること(同法一条)、宅地建物取引業は、不動産取引について知識や経験の乏しい一般国民を相手にすることが多いため、悪質業者を排除して取引の公正を確保すべく、業者に対し規制を行う要請は強いこと、右要請を受けて、宅地建物取引業法は、昭和二七年の制定以後、幾度かの改正により、次第に業者に対する統制を強化してきたこと、免許制度は、宅地建物取引業法の業者に対する統制の根幹の一つであること、宅地建物取引業法は、三四条の二第六項、三七条の二第四項、三八条二項、三九条三項、四〇条二項等少なからぬ強行法規を有していること等に鑑みると、無免許の宅地建物取引業者との仲介契約が直ちに無効ということはできないが、右仲介契約に基づく無免許の宅地建物取引業者の報酬請求権は、その権利の行使につき、一定の制約を受けることを肯認せざるを得ず、その意味において、無免許の宅地建物取引業者は、その報酬請求権を実現するため、国の機関である裁判所の力を借りることは許されないものというべきである。すなわち、無免許の宅地建物取引業者に対する委託者の報酬支払債務は、裁判による強制力をもって、その実現を求めることのできない、いわゆる自然債務と認めるべきであって、それゆえ無免許の宅地建物取引業者は、委託者が任意に報酬の支払をしない場合、その支払を求めて訴求することはできないというべきである。

8 したがって、原告は、宅地建物取引業法の規定する免許を受けていないのに、宅地建物取引業を営み、その営業の一環として本件仲介を行ったものであるから、被告に対し、本件報酬を訴求することはできないというべきである。

三  よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀岡幹雄 裁判官 中路義彦 村田龍平)

〈以下省略〉

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